鹿せんべいとベートーベン


奈良公園の一角、原生林の麓に広がる飛火野で、朝9時頃ホルンが奏でられると、美しい音色を聴いて鹿たちが一斉に集まってくる。鹿寄せである。明治25年に始まり、第二次大戦の間中断したが昭和24年に復活した。以前は小型の進軍ラッパだったが、戦後ナチュラルホルンに変え、ベートーベン交響曲第6番第5楽章冒頭(5〜6小節)のホルンの旋律“ソ・ド・ド(上)、ソ・ド・ド(上)”が奏でられている。ホルンの響きのなか、集まった人たちから鹿にせんべいが振る舞われる。また、一年を通じて公園のいたるところで、観光客からせんべいがプレゼントされ、せんべいは鹿と人間とのコミュニケーションに無くてはならない鹿の“出会い大和の味”である。

鹿にとってせんべいは“おやつ”で、主食は春日奥山や奈良公園に自生している木の芽や実、笹、芝生などである。奈良で鹿せんべいを製造する業者は6件。せんべいは全て(財)奈良の鹿愛護会を通して奈良公園で販売(一束10枚150円)、“鹿せんべい”の名称は愛護会の登録商標である。製造がいつ頃から始まったのかは明らかでない。

鹿せんべいづくりの老舗「武田商店」のご主人武田豊氏から話を伺った。製造開始がいつかは判らない。ただ、ご主人の祖父の代に、春日大社宮司から「神鹿の飼料製造許可」の証(大正6年12月25日)を受けたと記録があるのみで、それ以前のことは確証がないとのこと。製造方法は昔から同じで、米ぬかと小麦粉をおよそ6対4の比で水に溶き焼きあげたもので、他のものは一切添加されていない。焙焼には食用のせんべい焼き機が使われている。鹿せんべいの作り方は、原料が違うだけでお菓子のせんべいと何ら変わらない。米ぬかが含まれているので、ビタミンや食物繊維が多く健康的であるが、「人は食べないように」とのことである。



なお、武田商店(奈良市奈良阪町2476-2)は、平成15年奈良市から“奈良まちかど博物館”に指定されており、予約すれば見学ができる。また、この冬の鹿寄せは、平成20年12月1日から14日(午前9時半)と、平成21年2月1日から3月15日(午前10時)に予定されている(無料)。



※写真提供 奈良市観光協会

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