葛きり


夏の暑い日、ひんやりした葛きりを急に食べたくなった。
室生の方に葛きりを看板にしている店があると聞き調べたら、茅葺き屋根に赤い大きな傘の立っている写真を見つけた。
近頃、観光地などでよく見かける急造りの田舎風建物の店かと思いながら行くことにした。


室生口大野駅から7〜8分、磨崖仏の近く宇陀川に面して、その店「やまが」はあった。
石段を上ると、そこは本物の昔ながらの萱葺き家だった。誰もいないので大声で呼ぶと出てこられたのがご主人の岸本彰夫さんだった。



岸本さんは80歳だそうだがお元気な方で、本業は漆塗・金箔うるし押しの京仏壇製作である。
子どもの頃、おばあさんが作ってくれた葛きりの味が忘れられず、本当の葛の味を知って欲しくて、この店をはじめられた。葛の根から作られる粉を本葛粉と呼ばれるが、国産の本葛は少なく、中国製が多い。「葛きり」と称して市販されているものにはじゃがいももやさつまいもの澱粉が混ぜられており、鍋料理の具としても用いられたりしている。 本葛にこだわるご主人自らが葛きりを作られるところを見せていただいた。



本葛粉は塊があり、砕くのに手間がかかるが、徐々に水を加え、よく溶かし、流し缶(バット)に流し込む。沸騰した湯で湯煎にし、表面が乾いたら、湯に沈め透明になるまで待つ。流し缶を引き上げ水で冷やす。本葛で作った葛きりは時間とともに味が落ちるので出来たてを食べるのが良い。 でき上がった葛きりを大ぶりの染付の器に盛って水を張り、青楓の葉を浮かべると、涼しげで風情がある。

別の器に和三盆糖で作った蜜を添えて出される。黒蜜は甘さがしつこいからと、爽やかな甘さの徳島の和三盆で作っておられる。お茶も自家製番茶である。この店には抹茶付き葛焼もいただける。 食べ方のおすすめはまず蜜をつけず葛きりだけを食べる。舌触りの滑らかさ、喉ごしのよさと葛の香りを味わう。次に蜜をつけて食べる。優しい自然の甘さが口の中いっぱいに広がり、「葛きり」のうまさを堪能することができる。

岸本さんは多才な方で、この茅葺き家も柿渋で染めた上敷きも本物にこだわり、自然に逆らわず自分流の人生を楽しんでおられる。田舎の実家に帰ったような気分でくつろぎ長居してしまいました。

NPO法人奈良の食文化研究会  澤田参子
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