西行法師の長生きの源・西行鍋 〜世界遺産・吉野の名物鍋〜


急に寒くなってきた晩秋、温かい鍋の恋しさに吉野の名物鍋を思い出し、早速訪れることにしました。 奈良市内から、車で約1時間半。そこは別世界の桜紅葉(さくらもみじ)の山。春には下(しも)の方から桜が咲き始め、上(かみ)の桜が終わるまで、随分長く桜が楽しめる国立公園吉野山です。 古くは天皇の吉野宮行幸から始まり、その後、仏教的な聖地となって金峯山寺蔵王堂が建立され、吉野山は広く信仰の山となりました。参詣に訪れる人々は、山にご神木の桜の苗木を植え始め、12世紀末には歌人・西行法師が、たびたび吉野を訪れ、桜の花の歌を数多く残しています。

今年の吉野山は「世界遺産10周年記念行事」が催され、11月の蔵王堂の秘仏本尊御開帳で、蔵王堂仁王門前の湯川屋旅館の前は、人や車の絶えることのない賑(にぎ)わいでした。 一歩旅館の中に入ると、静けさとともに、吉野山の素晴らしい景色が、ロビー越しに眼に飛び込んで来ました。 湯川屋旅館は歴史が古く、約360年前、初代が宿坊として開かれたのが始まりで、旅館に現存する嘉永元(1848)年氷室長翁の「芳野日記」」にも「湯川屋の泊まり翌日蔵王権現にお詣りし桜の苗を植えた」と記されています。 現在は、ご主人の山本義史(よしひと)氏(53歳)と女将(おかみ、奥様)の薫さんが、16代目を受け継いでおられます。

早速、当旅館の名物鍋「西行鍋」についてお話を伺いました。
運ばれてきたお膳に添えられた「お鍋の栞(しおり)」に、 「世をはかなんで出家した西行法師が73歳まで長生きした源は、この吉野山に庵をむすんでいた頃に活力源として食していた“西行鍋”があるといわれています」とあります。

この鍋を何代か前の女将が再現したのが始まりで、以来「西行鍋」の味付けは、女将のみに受け継がれているそうです。 秘伝の透き通った少し塩味のする出し汁(内容は門外不出)は、吉野葛(くず)が入っているので、そのままでも美味(おい)しいのですが、よくすり潰(つぶ)したゴマの中に、出し汁と具を一緒にとって食するというものでした。
鍋の中には、筍(タケノコ)、人参(ニンジン)、豆腐、白菜、えのき茸(ダケ)、コーン、椎茸(シイタケ)、春菊などとともに、小さく切った鶏肉がたくさん入っており、そして主役は葛切りです。「小鍋の火が消えた頃が葛の食べごろです」とのことでした。

葛の根は、イソフラボン誘導体を含み、発汗、解熱、鎮痙(ちんけい)作用や、体内カルシウムのコントロールなど成人病に有効で、漢方薬の葛根湯(かっこんとう)の原料です。 西行鍋には大鍋もあり、新雪の頃、家族や友人たちと囲んで吉野の冬を楽しむのもいいですね。

帰りの山道、品よく色とりどりに紅葉した桜紅葉を見ながら、西行法師の「吉野山 花の散りにし 木(こ)のもとに 留めし心は 我を待つらん」えお想い出し、「私もまた、来年の春来ようかなあ」と思いつつ、神々の宿る吉野山を後にしました。

吉野荘湯川屋 吉野郡吉野町吉野山440
0746-32-3004(春の桜のシーズンには車が規制されます)

大川 博美



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