刀根早生(とねわせ)−大和で生まれた良質の渋柿


柿が色づくと、深まりゆく秋を感じる。“柿くえば鐘がなるなり法隆寺”は大和の秋の風景を伝える有名な子規の句。昔から大和は柿の名産地として知られ、10月半ばから12月にかけて収穫していた。ところが、昭和の後期に“刀根早生”が出現して柿農家の経営が大きく転換した。

刀根早生は、天理市萱生町の刀根淑民さんの柿農園で、渋柿の平核無(ひらたねなし)の枝変わり(突然変異)として発見された早生の平核無柿である。刀根さんは、他の実より早く実がなる枝を偶然見つけた。
当時の県立農事試験場の協力も得て、その枝は突然変異の新品種であることが判明し、1980年に「刀根早生」と品種登録された。9月半ばから10月半ばにかけて収穫できる早生柿であることから、刀根早生の栽培は全国に広がり、今日ではこの時期に収穫する柿の主力となっている。

刀根早生の収穫がすでに始まっている10月3日、柿博士と呼ばれている濱崎貞弘さん(奈良県果樹振興センター:総括研究員)の案内で、県内で80%以上の収穫量を占める五条市の柿栽培団地(旧五条市と旧西吉野村)を訪ねた。広大な山の傾斜一面に広がる深い緑色の葉の影に色づいた刀根早生がたわわに実をつけていた。
濱崎さんの話によると、全国で栽培されている柿品種は80種前後、県内では10種余り。奈良県の収穫量は和歌山県についで全国2位で、このほとんどを刀根早生、平核無、富有(ふゆう)で占める。刀根早生と平核無は渋柿で、渋抜きをして市場に出る。富有は甘柿である。9月半ばから刀根早生、10月下旬から平核無、11月上旬から12月まで富有が収穫期である。

1974年から国の事業で拓かれた団地の一つ、保天山団地で刀根早生を栽培している上平茂之さんの農園(7ha)をたずねた。上平さんは奈良県果樹研究会の三役(会計)を務め、柿作りのリーダーでもある。


収穫する上平さん

早い時期から収穫できる刀根早生のお陰で、収穫期間が伸び収入も増えて農業経営が安定したと力強く語った。刀根早生は、剪定、施肥、給水など、丹念に手を掛ければ掛けるだけ収穫が上がり、まるで子供を育てるようだとも語った。代々上平家は西吉野の柿作り農家で、ご両親と奥さんの一家4人がパートさんの助けを得て収穫に汗を流す。大学生の息子さんも後を継ぐとの事で、柿栽培の将来は明るい。柿が終わると梅の栽培に精を出すそうだ。


採りたての刀根早生

収穫された刀根早生は、JA奈良県西吉野統合選果場に集められ、直ちに巨大な脱渋棟で二酸化炭素処理(16時間)され、甘柿に変わる。自動化された選果ラインで色・形などを選別して等級別に箱詰めにされ、待機する大型トラックに積み込まれ全国に発送される。刀根早生は、形が扁平で種がなく大変甘くジューシーで果肉が柔らかいと評判が高い。脱渋しないものは、丁寧に干して渋を抜いて手作りの“あんぽ柿”に仕上げられる。


選果ラインで選別される刀根早生

果樹研究会は、一般の人を対象に11月11日「奈良の柿検定」試験を実施する。柿の理解と広報が目的で今回は3回目。また、子規が“柿の句”を作った10月26日を柿の日と定めた。これらは上平さんの発案である。果樹センターは、柿の栽培や新しい商品の開発に務め、柿農家を全面的に支えている。11月の半ば富有柿の収穫が始まる頃、柿の葉が見事に紅葉すると、濱崎さんは語った。

的場 輝佳



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