銘菓「吉野拾遺」を訪ねて


ことのほか暑い夏だが、涼しい吉野にある葛菓子「吉野拾遺」とはどういうものかな?と興味を持ち、吉野町飯貝にある松屋本店さんをお尋ねした。

主人の尾上守氏は五代目、「大体は醤油屋が本職だが、戦後食生活が変りあまり醤油を使わなくなったので何がいいかなと考えたら、吉野は葛の本場やから葛を使ったものはどうやろうということからこんなことをしている。これは副業です」と笑って話された。

始めたのは戦後すぐで、大阪の親類にお菓子の型を作る職人がいたので相談、桜の形をかたどった木型ができた(現在はテフロン製)。吉野の本葛と上白糖を木型に入れて抜いたものを一つづつ包んで出来上がる。これにお湯を注いだ吉野葛湯が創製され「吉野拾遺」と名付けられた。
名前は、後醍醐天皇の吉野御遷幸より二十三年間の事蹟を収録した右書の写本が昔から家にあるので、そこから借りたとのこと。「当時はちゃんと読んでくれる人がいなかった」という。

いただき方は、湯のみ椀に一個入れ、必ず熱湯を八分目注ぎ、かき混ぜて出来上がりである。
半透明の葛湯の中に桜の型のかわいい浮きが出てくる。ほんのりした葛の香りとうっすらとした甘みが、吉野の風景と歴史にマッチして、えもいわれぬおいしい葛湯となる。
暑い夏、自然の涼やかさの中で熱い葛湯をいただくのも、健康によい一興である。またそのまま食べても大変おいしい。

「吉野拾遺」は葛を主原料にした菓子であり、老人子どもにも喜ばれ、身体にもよい、古代から伝わる食文化を生かした吉野の栄養菓子なのだ。

また、もうひとつのお菓子「吉野懐古」についても話を聞いた。吉野の本葛に四国、阿波の和三盆糖を使用し吉野桜をかたどった木型で型打ちした桜干菓子だ。
この名は詩吟「吉野懐古」より借りられたそうで、「吉野拾遺」姉妹菓子として創られたという。桜の花とつぼみが美しく飾られていて、お茶会や楽しい団欒のひとときに丁度よいお菓子だ。

話上手のご主人が「こんなものもありますよ」と出されたのが南都名物「法論味噌(ほろみそ)」。これは今から六百年前に僧侶の保健のために造られたもので、室町時代にはすでに奈良第一の名物として広く世に知られ、「護命味噌、飛鳥味噌」ともいうそうだ。伝統の製法を生かし、胡麻、胡桃、麻実、山ゴボウ等を配したおいしい「なめみそ」である。
まだまだお話の引き出しはありそうだったが、今回はこれで、とひぐらしの鳴き始めた吉野の店を後にした。読者のみなさんも吉野へお出かけの折は、ぜひ尋ねられてはいかがか。


・松屋本店 ・吉野郡吉野町飯貝 ・電話0120−419-280

萩原 美智子



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