吉野本葛


よき人の よしとよく見て よしと言ひし
                    吉野よく見よ よき人よく見
  (天武天皇)

今年も桜の季節がやってきた。お花見に吉野にも多くの人が訪れる。
吉野の食べものといえば吉野葛。桜を愛でながらいただく葛きりは乙な味である。
葛は万葉の昔より秋の七草としてその紫紅色の花で賞でられ、その草花文は茶人利休好みの漆器「吉野絵」の文様としても描かれている。

葛きりとなる吉野本葛の原料は山野に自生する「葛」の根っこ。極寒の時期に掘り出された葛の根をすり潰し、寒水で澱粉をもみ出し、何度も何度も水晒しすることで純白の吉野本葛が生まれる。
この製法は「吉野晒」(よしのざらし)と呼ばれ、吉野独特の技術であるという。

また葛は、加豆良(かずら)、くずつる、こまめづるとも呼ばれ、その根は発汗、解熱、鎮痛などの作用があると言われており、久須乃弥、葛根湯として漢方薬に珍重されている。
その昔、吉野大峰霊地に修行した修験道の行者達が、生薬とした「葛」が、幾代もの史を経て葛粉として和菓子や日本料理、精進料理にも重用されるようになり、現代では洋菓子やスィーツへと様々な用途へと広がっている。

私は、しばしば、井上天極堂の本店を訪れ「吉野本葛の葛きり」を頂く。なめらかな口あたりと上品な透明感と艶。黒蜜でいただく贅沢で至福な味が気に入っている。

そしてこの「特別な普通の味」を一人占めしておきたいという気持ちと、この宝物を誰かに伝えたいという気持ちが常に交錯する。
井上天極堂の吉野晒という、吉野本葛の伝統製法は、創意工夫の積み重ねによって、歳月を束ねて来た事実が、今ここにある。
この歳月が、井上天極堂に残したものは、実に簡素な思想である。それは「根本をはずさぬこと。」「風潮に流されぬこと。」
ことさら多くを募り、華美に走りがちな現代社会において、吉野本葛への造ることへの真摯な姿勢は、ひとえにかたくなである。
淡々と守り続けて来たこと、その時々に工夫を重ねたことが、井上天極堂には、ただ「普通」なのである。
この「普通」を次の時代にも継なぎ続けていただきたいと、ひとえに願っている。

世界に誇る食文化、吉野本葛を是非ご賞味いただきたいものである。

こころとからだをほっと癒す「葛」の味わいは
創業140余年の葛の老舗、井上天極堂
3月2日 JR奈良駅店新装オープン
TEL0120-77-4192 FAX0744-20-2522

木村 隆志



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