宇陀松山、飛魚だしの大和牛丼


宇陀市松山地区は、国の重要伝統的建造物保存地区に指定された歴史的町並みである。 その昔、城下町から商人町へと発展してきた風情が今に残り、ひっそりとしたたたずまいの中にも人々の生活の息づかいを感じさせる。 榛原から国道370号を7キロほど南下したあらりの道の駅「宇陀路大宇陀」のすぐ傍ら、宇陀川沿いに南北1キロ余りに伸びる旧街道の町並みである。 そこには、伝統的な町屋を保存して、吉野葛の老舗、造り酒屋、醸造元醤油屋、薬草園、御菓子司店、かしわ屋、衣料品店、日用雑貨店、花屋、医院、郵便局、寺院、パティシエの店、まちづくりセンターなどが軒を並べて美しい景観を維持している。 昨年の秋、宇陀松山を散策した折、手書きの看板「大和牛丼(やまとうしどんぶり)」に心がひかれて昼食に立ち寄った。

木の椀に盛られた牛丼、惣菜、みそ汁の風味が何とも爽やかで心が和んだ。 「このだしは何ですか」と聞いたら調理場から「あごでーす」と、明るい女性の声が返ってきた。 あごは飛魚(トビウオ=ゴチ)のこと。脂肪分が少なくアミノ酸類を多く含むので淡泊なだしが取れる。煮干しのだしのような生臭さが少ない。煮て干した「あご煮干し」と、焼いて干した「あご焼干し」とがある。 長崎県が主産地で、九州、山陰などの日本海側でよく使われる。 しかし、昆布、鰹(かつお)節、煮干しを使う関西ではなじみがうすい。この店では、もっぱら長崎県平戸の漁師から手に入れた「あご焼干し」を使う。あごだしは、店のご主人のふるさと九州の家庭の味なのである。

この牛丼の店の名は「件-kudan」証文の末尾に記される「件(くだん)の如し」という慣用句の「件」で、ローマ字で読み方が添えてある。 店の主人、伊田千代子さんは福岡県久留米市出身、料理長、客の接待、片付けも1人で務める。大阪育ちのご主人と結婚、奈良市に住み宇陀に通う。 伊田さんは、この町並みの美しさと住民のおおらかな都会的センスに魅せられ、住民の方々の「まちおこし」のお手伝いをしようと心に決めた。住民の応援もあって昨年の3月古家を改造して「件」をオープン、ふる里のあごだしで大和の食材を生かした家庭料理を出すことにした。
大和牛丼をメニューにしたきっかけは、近くの道の駅で目に止まった地元の新玉ネギが、大和牛の味でおいしさが一層生かされると思ったからだ。

メニューを紹介しよう。食材は地元のものにこだわる。看板の大和牛丼は、あごだしをベースにして大和牛、玉ネギとコンニャクですき焼き風に調理し、吉野葛でとろみをつけ醤油味に仕上げる(カレー味もある)。 煮ものは、宇陀ごぼうと人参の信田巻き、小芋、小松菜、高野豆腐と地鶏(宇陀味どり) 。春には大和真菜も使う。フクノトウみそを添えたナスの田楽。シイタケ、油揚げ、ネギのみそ汁と自家製の漬物。 みそは近くの麹(こうじ)屋の麹で仕込んだ手前みそ。野菜は近くの道の駅で、米は地元のものを購入する。醤油と地鶏は通りの店から手に入れる。地元の名品、吉野葛の葛湯も楽しめる。宇陀松山になじんだ新しい大和の食模様を温かく育てたい。

2013年11月14日修正

的場 輝佳



▲ページトップへ