温暖化の中でも厳しかった寒も過ぎ、はや立春となったが、奈良では「お水取りが済むまでは・・・」といわれる。このお水取りは、準備期間である二月十五日からの別火の行法の後、三月一日(旧暦の二月一日)から十四日までの本行で終了する。正式には「修二会(しゅにえ)」といわれ、東大寺二月堂で催される最も伝統ある法要のひとつであることはいうまでもない。お水取りが始まるころ、春の訪れを告げるように、椿の花が咲き始める。
椿は学名をカメリア・ジャポニカといい、日本が原産の植物である。椿には世界に多くの品種があるが、奈良の三銘椿の一つに「糊こぼし」というのがある。この名は、真紅の花びらの一部が、糊をこぼしたように白くなっている事から来ている。別名を東大寺開山の良弁(ろうべん)大僧正にちなんで「良弁椿」といい、大僧正を祀る開山堂の前に原木があるが、これが修二会のときに開花するといわれる。

別火の行法の中では、開山堂で発表された十一人の練行衆の僧を中心に、本業で二月堂の本尊、十一面観音菩薩の前を飾る、椿の造花が作られる。造花は糊こぼしを模して赤と白の和紙で作られ、雄しべの黄色とも映えて、菩薩の前をきれいに彩るのである。

奈良の和菓子の老舗、御菓子司「萬々堂通則」さんでは、この「糊こぼし」椿にちなんで同名の和菓子を製造しておられる。奥様の河野美知子さんにお話を伺った。


萬々堂さんは、江戸時代後期、柳生の殿様に命名いただいて開業された、奈良でも一二の老舗である。
春日大社の神饌「ぶと」にちなんだ「ぶと饅頭」、餅飯殿通りにちなんだ「もっとの」、良弁僧正いわれの杉にちなんだ「良弁」等々、由緒ある数多くの和菓子を製造販売しておられる。すべてが手作りで、厳選された材料を使用し、品質第一で、お客様に「おいしかった」といわれることを至上の幸せとして、精魂こめた製造を続けておられる。



なかでも和菓子「糊こぼし」は、修二会にちなんでいるだけに、製造販売をほぼ修二会の準備期間等を含めた、二月初めから三月十四日までの間と決めておられる。
「練り切り」と称する和菓子に入るもので、特に黄味のあんがやわらかく、すっと口に溶け込む感じが特にすばらしく、誠においしいお菓子だ。


白あずき「手亡(てぼ)」を圧力釜で煮てこした白あんに、もち米を混ぜて練り、赤色をつけたものと白とを平らに伸ばして型抜きし、花弁の部分を作る。卵の黄味から黄味あんを作りおしべの部分とする。赤白の花弁を持つ大変かわいらしい「糊こぼし」の出来上がりである。これの包み紙が、またかわいくきれいで、大変喜ばれるようである。
厳粛なうちにも柔和な十一面観音菩薩の功徳を称えつつ、じっくりと味わうのがよいだろう。



*和菓子「糊こぼし」は、予約をお勧めする。
  萬々堂通則  TEL:0742-22-2044 奈良もちいどのセンター街


奈良の食文化研究会:瀧川 潔