お盆が近づき、ご先祖にお菓子や季節の野菜果物を供えて供養する季節である。今回は伝説の縁起菓子を作っている東吉野のお菓子司「西善」さんを訪ねた。宇陀市の阿騎野の道の駅から東に166号線をやはた温泉方面へ、緑が美しい山道を越えて約30分で東吉野村小川に到着。夏の日差しが強い日であったが、ここは空の青と山の緑の色合いが美しく、川のせせらぎが心地よく、暑さを忘れさせてくれる日本の原風景の里である。大和の国は北部の盆地を国中(くんなか)南部の桜と杉の美林のおおわれた山深い吉野の里を山中(さんちゅう)と呼ばれていた。万葉時代、山中と国中は一筋の小道と紀の国へと向かう吉野川によって結ばれ、飛鳥の軽の市(かるのいち)や三輪山の海石榴市(つばいち)では山の幸と平野の幸が交換され、人々は異なる地の文化の交流があり、そんな山の幸の贈り物を「そまづと」と呼ばれていたという。


和菓子司「西善」

西善でも山の幸の地栗をふんだんにつかった、その名も「そまづと」という羊羹が好評だ。この店の名物はこれだけではない。吉野の丹生(にゅう)の地に今も語り継がれる、伝説に由来したお菓子「嚴瓮最中(いつべもなか)」と冬季にしか売らない水羊羹「玄冬花」である。嚴瓮最中は東征に向かう神武天皇が、夢のお告げ通りに川に嚴瓮(祭事用の瓶)を沈めて天神を祭ると、天皇は勝利して即位したという伝承に由来してできた最中である。嚴瓮には鮎を入れて淵に沈め、鮎が浮かべば吉兆とする占いを行ったとも云われている。天皇即位の儀では今も嚴瓮を描いた万代旗(まんだいはた)が掲げられる。勝利を祈願した、めでたい瓶(かめ)の形になぞらえた最中は、北海道産の小豆がぎっしり詰まった粒餡、甘すぎることなく豊かな小豆の香りと瓶(かめ)の形をした皮がパリッと絶妙。甘党には答えられない風味である。


縁起菓子 嚴瓮最中(いつべもなか)

「玄冬花」は西善オリジナルの水羊羹で、水羊羹は夏の風物詩にもたとえられているが、この店では冬季しか作らない。その理由は冬場にしかない新小豆の香りを楽しんでいただきたいからだ。そして寒天100%で固めているので冬場でも4日〜5日しか日持ちしないから夏場では売れないのである。本当のおいしさを味わっていただきたくて、冬にしか販売しない、しかも数量限定の、それはそれは香り高い雅な味のこだわりの水羊羹である。 西善はもともと江戸時代には峠の茶店であったという、100年前に先代が和菓子を始めたのが創業で現在の宗幸さんは3代目である。私がこの店を継いだ時もまだ林業が盛んで「山行きさん」(営林業者)の羽振りはたいそうなもので、こんな山地の和菓子屋でも考えられない恩恵を受けたものです。と当時を語る店主の西林宗幸さん。 今は林業も衰退して当時の活況はないが、山里の東吉野村発で「西善」の味のファンづくりで顧客を広げて行きたいと将来を描く西林ご夫妻


西善店主の西林宗幸と奥様の美矢子さん

水羊羹「玄冬花」1本 1050円(但し冬季限定販売)
嚴瓮最中1個 136円
栗羊羹「そまづと」1本892円
お問い合わせは「西善」 TEL/FAX0746-42-0061


奈良の食文化研究会:木村 隆志