現代のゆべしといえば、柚風味の餅菓子のような菓子系統のものと、柚の果肉をくり抜き、具材として味噌やその他調味料・香味料等を詰めた副食品系統のものとがあり、前者がその大半を占める。しかし、ゆべし自体の歴史を振り返ると、元禄10年人見必大著『本朝食鑑』にも記されているとおり、ゆべしは副食品として食されてきた歴史が長かった。今回は、副食品としての「自家製ゆうべし」の製造とその周辺のことを伝承する十津川村在住の主婦達の話を報告する。十津川村では、柚を「ゆう」、ゆべしを「ゆうべし」という。ゆべしの実態は、美味であるという味覚的価値にとどまらない。

■中前ミヨさん(S,3年生まれ)

@柚の収穫:2〜3回霜したら柚を収穫する。11月末頃になる。イエの裏山には3本の柚の木があり、毎年100個の柚を収穫しても余る程だが、今年(H、18)は異常気象によって半分の柚が腐り、収穫は50個だった。

Aゆべしの具:餅米を一度洗って陰干ししたもの5合、乾燥椎茸3合ほど、落花生3合、花鰹3合ほど、ゴマ1合、ダシの素1合、七味唐辛子1合、味の素5勺、砂糖600g、以上の全てをミキサーで粉化したものと、地味噌(自家醸造味噌のことを十津川村では地味噌といい、その大半が麦味噌。中前さんの地味噌は4斗桶に3合塩で仕込み1年以上寝かせたもの)3kgを混ぜ合わせ、具とする。材料のほとんどが自家製のもので、その時ある物次第で具を作る。地味噌でないと家風のゆべしの味にはならない。

Bゆべし製造・蒸す:以上の具をもって、柚の収穫から一週間後にゆべしの仕込みをする。収穫した柚は一週間おかねば皮が破け易い。まず、柚を釜と蓋に切り分けるが、端を少し残して完全には切り離さない。次に柚の果肉をスプーンでくり抜く。先に作った具を6分目まで柚釜に詰め、それを庭先にある竈でとろ火で3時間蒸す。この火加減に熟練を要す。

Cゆべし製造・干す:蒸しあがれば笊にあげ、触れて手につかなくなるまで干す。20日間以上干すことになる。きちんと蒸してしっかり干せば、室温で一年保存しても柔らかみの残るゆべしが出来上がる。

D食べ方:薄くスライスし、酒肴、弁当のおかずとして食す。丸のままかじる人もいる。

E果肉の利用:果肉は笊にあけ、汁を取り、その汁に塩一つまみを入れて冷蔵庫で保存する。握り込み(江戸前)の秋刀魚寿司の調味料とする。


■西村好子さん(S,8年生まれ)

柚が黄色くなれば仕込む。材料は、餅米粉、うるち米粉、ごま、蕎麦粉、落花生、椎茸、削り節、砂糖、七味唐辛子、地味噌(麦麹)、自家製の柚である。買うのは削り節のみである。ゆべしは薄くスライスし酒肴とする。柚の果肉は絞ってポン酢にする。


■前岡ノブヨさん(S,19年生まれ)

寒い風が吹き始めたら仕込む。材料は、ごま、花鰹、米粉、蕎麦粉、とうきび、きなこ、落花生、椎茸、七味唐辛子、砂糖、水飴、米麹味噌、自家製の柚である。ゆべしは薄くスライスし、ご飯にのせて丼風、酒肴、湯をかけ味噌汁のようにしたりして食す。柚の果肉は絞ってポン酢にする。 以上、3人の自家製ゆべしを見てきた。
ゆべしの副食品としての本来の価値を最もよく示しているのは中前さんのゆべしである。冷蔵庫保存を必要としない保存食としてのゆべしの製造方法を伝承しているからで、ゆべしの最大の魅力が保存食である点にあったことがわかる。
また、1つの柚を余すところなく食す点は第二の魅力といえよう。外皮をゆべしとし、その果肉は絞ることで調味料となる。
十津川村のゆべしは、エネルギー資源をふんだんに消費しながら飽食の時代に生きる現代人に、「食べる」ということの本当の意味とその厳しさを突きつけている。


奈良の食文化研究会:岩城 こよみ