葛城の山々から吹いてくる風が、赤とんぼの舞う稲穂の上を通っていく。そのひんやりとした空気が、深まりゆく季節を感じさせてくれる。そんな秋の日の昼下がり、私は、かねてから訪ねてみたかった「中将餅」の「中将堂本舗」の暖簾をくぐった。 場所は、近鉄当麻駅から東へ少し歩いた角にある。重厚で風情のある店構えだ。
「いらっしゃいませ」と涼しげな声で迎えてくれたのは、この店の三代目、竹本宏子さん、上品な方である。
店内は、木のぬくもりが感じられるテーブルと椅子。床は石畳で、丁寧に掃き清められ、打ち水がされていて清々しい。

お話を聞かせてほしいという突然の私の申し出に、快く応じてくださった。
「中将餅」その名の由来は、すぐ近くの当麻寺ゆかりの中将姫からとったもので、一口でいただけるよもぎ餅の上に、一つ一つ丁寧にヘラで餡を乗せたかわいらしいお菓子である。当麻寺は牡丹の花でも有名で、その花びらをかたどって作られたと言う。
早速、「中将餅」をいただいてみた。かぐわしいよもぎの香り、あっさりとした、それでいてこくのある漉し餡に、大納言小豆の粒が程よく混ざって、どこかしら懐かしい味がする。 昔から、この当麻の里では、餡を重箱に敷き詰めて、その上によもぎ餅や白餅を置いて、折々にご近所などへ配っていた。それを、現在の「中将餅」の形にして、昭和四年にこのお店を開いたのが、宏子さんの祖父、竹本市司さんである。

それ以来、父の清光さん、そして宏子さんへと、その味と技は変わることなく受け継がれてきた。 よもぎの香りあふれる餅とその味をくずさないよう甘さをおさえたこくのある餡。原材料は、もち米、よもぎ、小豆、砂糖のみ。地元で丹精込めて作られた自家栽培のもち米、小豆は北海道産、よもぎは葛城山麓の山口という地域で野生しているものを使う。どれもこだわりの材料ばかりである。 「皆様においしいと言っていただくことが何よりの励みです」とおっしゃる宏子さん。その凛とした口調の中に、この「中将餅」一品だけのお店を守っている心意気のようなものを感じた。 こうして木の椅子にすわって、「中将餅」をいただいていると、まるで遠い昔に戻ったような不思議な安らぎを覚える。
テーブルの素朴な花器には、深い紅色のわれもこうと千日紅がさりげなく生けられ、心を癒してくれる。 普段は、「中将餅と煎茶のセット」(三〇〇円)が店内でいただけるが、十二月〜二月ごろまでは、大納言小豆を煮込んだぜんざいに焼いた大きな草もちを二つも入れた「草もち入りぜんざいと煎茶のセット」(六〇〇円)がメニューに加わる。 冬、葛城山がうっすらと雪化粧するころ、また訪ねる約束をして店を出た。今からそのときが楽しみである。


奈良の食文化研究会:堀脇 純子