――蕎麦に惹かれて味を探求、楽しむ第2の人生――

無理せず、楽せず、苦労せず―。
これが明日香村飛鳥、蕎麦処(そばどころ)「三歸来(さんきらい)」の店主、豊田政信さんの生活哲学、座右の銘だ。
豊田さんは五年前、安定した大企業を早期退職して、そば道にのめりこんだ。
同店のそばは、まず歯ざわりが良い。細切りだがしっかりしたこしがあって、味がよく絡んでいる。口に広がるそばの香りが確かだ。だしとのバランスがよく、すっとのどを越し腹に収まる。

ふるさとの実家は飛鳥寺を座敷から眺められる場所にあり、ここに店を開いた。
万葉文化館、飛鳥座神社など歴史風土に囲まれた落ち着いたたたずまいは、店の味にも影響しているようである。


そばはその日の分が出てしまったら閉店。月、火、水曜が休みの週休三日制。疲れるほどのそば打ちをすると必ず味が落ちると言う。がつがつせずおいしいそばを出す。自家が店というゆとりかもしれない。秋には甘橿丘にかかる月を眺めながら、そばを味わいつつ一献傾けるというぜいたくな月見ができる。


「そばの風味は技術ではない。素材が決め手だ」と、豊田さんは言い切る。そばの実は外側の黒皮部分(玄)、米で言う玄米部分(丸抜き)、そして内層部分、これらをどんな比率で混ぜてゆくか、またそのひき粉の荒さが、食感と風味を決める。しかし一番大きいファクターは、そばの実の良しあしだ。実の成長に影響するのは朝晩の気温差。標高四百―五百での栽培が良い実を作るとのことである。 また、粉ひきは機械(ロールミル)でひくのが一般であるが、豊田さんがこだわる石うす(動力は電動)でひいたものは、粒度分布や粉末形状が微妙に異なり、味に決定的な差が出るという。この辺りがノウハウのようだ。 ひいた後の粉は鮮度が命だ。そばに延ばすまで、真空パックで五―六度の保冷庫に保存する。毎回一日分だけを粉にひく。これを薄く延ばして細切りにする。

作っためんが売り切れたらここまで。出かけられるときは予約を。席も二十人弱で満席となる。

乙女豆腐と称する自家製そば豆腐が付いたお薦めセットメニューの「海老(えび)おろし蕎麦」(千五百円)は、こだわりの桜海老の揚げたのをトッピングにしてある。さくさくとした歯ざわりが存在感を主張していて、そばとよく合う。

彩りにもこだわり、紫を基調としていて、紫芋や紫色辛みダイコンなどを使ったあしらいがそこここにある。刻みワサビを好みに応じて散らすと食欲の落ちる夏場でも、お代わりが欲しくなるような食べ心地だ。最後に出されるそば湯は粘り気のある立派な味で、気分もしゃきっとする。




案内: 蕎麦どころ「山歸来」
奈良県明日香村飛鳥66−1 飛鳥寺東 TEL0744-54-3218

奈良の食文化研究会:林崎 幸一



蕎麦出し汁にも使える飯盗人。酒のつまみにも合う

<作り方>
@めかぶ昆布(又はだし昆布でも良い)を叩いて崩すか2mm×2〜3cmほどの細切りにし、 わさびの茎と葉を1cm程度に刻んで昆布と同量混ぜ、 お酒2、みりん1、だし醤油1の割合でひたひたになるように漬ける。
A2昼夜(だし昆布の場合は昆布が柔らかくなるまで)冷蔵庫に寝かせて完成。
熱いご飯に乗せて食べる。蕎麦タレに入れても良い。