神仏からの賜りもの
古く大和の国吉野郡の山奥に在ったと伝わる国栖という村落…交通の便上、他村落とは交通せず、在来の古俗を保持していたという。奈良・平安時代には宮中の節会に参加して贄(にえ)を献じ舞楽を奏することが例となっていたとか。国栖人(くずびと)は、つる草の根から澱粉を採り、里に出て売ることがあったので何時しかその澱粉を「クズ」と呼ぶようになり、その植物もクズというようになったと考えられている。
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かつて体調を崩して休職も止むを得なくなっていた時に、知人から葛湯の素≠お見舞いにと頂いた。
何も喉を通らないほどの食欲不振を起こしていた私が、不思議なことに葛湯だけは頂けた。
スッスーと滑らかに、身体にしみこんでいく温かい飲み物は、病み傷ついた心身に力を与えてくれ…窮地を脱した感さえあった。以来私は葛は神仏が人間に与えてくださっている賜りもの≠セと思うようになっている。
生きとし生けるもの皆が仏性を持っている…と思うようになってきた昨今私の窮地を救った葛に、神仏に値する畏敬の念を抱いて止まない。
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葉緑素やビタミン、ミネラルをバランスよく含み、熱を下げ腹痛や下痢を癒し、消化吸収が良く滋養の高い神仏からの贈り物…。
その葛から作られた葛酒≠たずねて御所の天極堂本社へと足を運んだのは、弥生も半ば…もうすぐ花も膨らむころというのに寒の戻りか、ハラハラと牡丹雪の舞う日であった。
多忙な井ノ上昇吾氏(三代目取締役社長)には先客があり、待つこと10分…
「こんなところで済みません…」と通された社員食堂で目にした社員の皆さんへ≠ニいうメッセージに心打たれた。
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<俳画>
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天極堂奈良店(県庁の東)の葛饅頭は、極暑の夏には疲労困憊の私の命を救う食べ物であったし、時々襲う食欲不振には創意工夫の品々がどんなに優しく身体に届いたことだろう。その創意工夫の品々は、こういう語りかけから生まれたものであったのだ、と!
「個人でもグループでも、創意工夫の作品を申し出てください。新商品として採用の暁には報奨金を…」
と、優しい激励の言葉とともに書かれてあった。そういえばこのところ新製品がぐっと増えている。他には類を見ない今様の洒落た感覚の品が勢ぞろいしている…。
お会いした井上氏は「済みません!10分でいいですか?」と、やはり次の客が待っている気遣いを済まなさそうに言われた。
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命の水
…そう、葛酒、葛酒…。葛酒のことを聞かなくては!
旧奈良県葛城郡葛村の春爛漫の風景を想定した葛酒「天極 花ふぶき」は昔ながらの製法で麹や酒母造りをし、酒米も醸造もとの自家栽培山田錦と、吉野本葛を同量合わせて自然発酵させ搾り出した世界で始めての逸品、年間100リットルという限定の貴重品で、10年前に造り始めた酒であること、葛のあらゆる可能性を商品化した中でも究極の品であることなどをお聞きした。
「もうすぐ新酒が出来てくるんですよ!」
と目元を細めて言われた井上氏の、生まれてくるわが子を思いやるような慈しみの表情が印象的であった。そんな社長の思いが社員の皆様に伝わって、色々と優れた新商品開発に繋がっているのだろうと私は感じ、ますます葛のファンとなった。
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<葛で作ったお酒>
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帰路についても粉雪はやまない。寒い筈であるのになぜか心温かい思いが残るほんの10分の会見であった。
葛の新酒を口に含みつ…
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山今日越えて
浅き夢見し 酔ひもせず…
よこしま邪な念を持たず、神仏からの賜りもの、命の水をこそ真に心して愛でたいものである。
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<吉野葛の粉>
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<葛の根>
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奈良の食文化研究会:竹田 峰川
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