奈良市から南へ車を走らせること20分、めざす菩提山正暦寺へ。晩秋には鮮やかな色彩で人々を魅了した山も、今は深と静まり返り澄み切った空気が気持ちを引き締めさせる。
この正暦寺では室町時代より清酒造りが盛んに行われており、寺内で造られるお酒は「菩提泉(ぼだいせん)」と呼ばれていた。正暦寺は自らの荘園で収穫される酒米、多くの修行僧、美味しい水と酒造りの三拍子が揃っている好環境にあった。

近年、奈良工業技術センターにより、正暦寺境内で酒造りに必要な“乳酸菌”“酒の酵母菌”“麹菌”が確認され、さらに正暦寺の菌は高温にも強いことが立証されている。
正暦寺ご住職の大原弘信さんの話では「当時は濁り酒が主流の時代の中で、清酒は大変重宝されたといいます。また夏場にも酒造りが行われていたようで、年間を通じての酒造りは、寺の経済を潤わせ、正暦寺は栄華を極めていたのではないか。」と正暦寺の隆盛をものがたる一面を紹介された。

昭和62年頃、古文書「御酒之日記」を基に、正暦寺の古代酒再現に尽力された安川酒造の安川直毅氏が「菩提泉」として製品化し始めるが、当時の製法である菩提もと(ぼだいもと)の再現には未だ至らなかった。平成8年同業の山本長兵衛氏(油長酒造)は、安川氏の取り組みを知り、昔ながらの造り方の研究を県内業界で取り組むことを提案された。この案に賛同した安川氏を含む県内酒造メーカー12社が、当時の製法に基づき毎月1月6日に正暦寺で菩提もとの仕込みを行っている。

生米9、おたい(炊いたご飯)1、水10の割合で3日間温暖な所で、そやし水(酸度2.5)を造り、その後、生米を蒸して麹をいれて約10日間程度、適温を保ちながら麹菌を増殖させる。
この初期の酒のことをもと(酒母)という。菩提山正暦寺で再現されたもとは「菩提もと」と名づけられた。
1月20日県内の12社の各酒蔵に持ち帰り清酒に仕上げられる。各蔵での水や米などでこの酒の味や香りが微妙に違ってくるという。こうして造られるお酒は「菩提もと」と明記し、各社の銘柄を付けて売り出されている。 平成の時代に昔ながらの製法で蘇ったお酒は、フルーティな芳醇な香りと酸味と、美しい琥珀色をしたワイン感覚のお酒である。

近年、正暦寺では酵母造りを見ることが可能になっている。
織田信長の時代の、昔ながらの清酒づくりに興味のある方は一見に値する。そして12社の菩提もとの清酒を飲み比べ舌鼓を打ってもらいたい。
清酒発祥の地、奈良・正暦寺に伝わる南都諸白の清酒を多くの方々に知って頂きたいものである。


奈良の食文化研究会:大川 博美



お酒ご飯

<材料>
・白米2合
・お酒20ml〜50ml(好みで加減)
・油あげ10cm程度
・昆布10cm角
・塩ひとつまみ

<作り方>
@洗った白米に20ml〜50ml程度のお酒を入れ、 刻んだ油あげ(熱い湯をかけ油抜きをしておく)、昆布、塩を入れて普通の水の分量で炊きあげる。
お酒の甘い香りが食欲を増し身体も温まるのでお試しください。