山並みも 時雨も染める 柿色(かき)の里
山道に掛かると時雨れてきた。谷間から立ち昇る雲のような霧雨が視界を覆う。
やむを得ず車の速度を落として進むと、谷の向かい側に、黄色い靄のようなものが次々に現れる。
よく見ると柿だ。たわわに実った柿の木が群れているのだ。紅葉にはまだ早い山肌のあちこちに、黄色の帯が点々と続く。これ全て柿ノ木だ。いよいよ五条の柿の里に入ったのだと実感した。
川沿いの向こうにやがて赤い大きな橋が見えた。教えられた目印の栄山寺橋だ。その橋の袂にこれから行く<撫石庵>はある。 柿が好物の私にとって、柿尽くしの料理が味わえる等とは、真に胸踊る話である。
柿は、美味しく食することが出来る期間は極めて短い。もぎ取られた後、気温の変動に敏感な柿は保存が難しく、不活性製ガスを封じた袋に入れて、恒温室に保存するなど、長期保存するための技術開発があれこれ研究されているが、生の柿をそのまま保存できる技術はいまだに確立していない。

硬い富有柿、次郎柿等を求めて、毎年シーズン過ぎてまであの街この村の果物屋を右往左往する柿好きの私にとっては、その柿を使った旨い柿尽くし料理に出会えるなど、正に食福といえる出来事なのだ。
はやる心を抑えて、早速店に入った。
  柿膳と 紅を競うか 烏瓜(からすうり)
雨の平日のせいか、客は少なかった。案内された部屋の窓には、吉野川の渓谷美が広がっていた。一方の窓辺には烏瓜が赤い実を二つ三つ付けてぶら下がっているのが見え、秋一杯のいい雰囲気だ。

大変若々しく、30代前半としか見えない経営者の田中義人さん(50)と奥様の伊公子さんが丁寧にそれぞれの料理を説明してくださった。 写真を撮るため全部の柿料理を一斉に並べてもらったが、レンズに入り切らないほどのヴォリュームである。どう見ても立派な懐石料理で本当に柿が使われているのかなと疑うような風情だが、なんと全てが柿を主体に造られていて、いわゆる形式的に柿をあしらった物ではないのだ。

ちなみにこの柿御膳のメニューを記すと、食前酒の柿ワインから始まり、
    先付け:柿の白和え     前菜:ゆず巻き柿、柿なます、柿レモン煮他3品 
    椀物:柿すり流し       造り:鯛柿巻き 
    洋菜:鳴門柿アスパラソース 揚げ物:柿の東寺揚げ 
    煮出し:柿のふろふき     焼き物:柿グラタン 
    酢の物:柿の錦和え      ご飯:柿の葉すし
    香の物:柿奈良漬      果物:柿ムース、柿シャーベット、 
    菓子:柿サブレ
他にも2〜3点あるが、ざっと柿を主体とした料理だけをあげてもこれだけある。写真を見ていただいても分かるが、これで一人前、とても一人では食べきれない。 田中さん曰く、柿は全ての果肉を生かして使い切る。これだけの料理で柿の実約4個分である。 柿は本来富有柿を使うが、富有柿が出るまでは平種を使うそうだ。
柿の実は一つ一つ甘さが異なるので、同一の味は無く、またすぐに熟して柔らかくなるので毎日選果場に足を運びよく選んで良い柿を仕入れるそうだ。 特に印象的な食感と味わいを持った料理を2〜3紹介しておく。

・鳴門巻き柿アスパラソース:
柿の実をかつら剥きにし、鯛の身をこれに添わせてサンドイッチ状にぐるぐる巻きし、蒸し器で蒸した後5〜6mmほどの厚さに輪切りしてアスパラソースで食べる。鳴門の渦巻きに似ている。

・柿の鯛巻き造り:
鯛の身を透明な薄造りにして、柿の実を包み巻く。柿と鯛の間に木の芽をあしらい柿の赤色と透けて見えるようにした目にも爽やかな刺身。

・柿グラタン:
皮とヘタ部分を切り取り、中をくりぬいて器(釜)にし、くりぬいた柿の果肉、玉ねぎ、をみじん切りし、チーズ、バター、小麦粉などのホワイトソースを混ぜてレンジで加熱、柿の釜の中に入れてオーブンでグラタン焼きにし、切り取った柿のヘタ部分を蓋にして出す。柿の釜も一緒に食べる。柿の実の器がなんとも楽しい。さくさくした釜の果肉とミックスされた食感が良くマッチして楽しい味だ。

・柿のレモン煮
柿の実を丸い棒状に切り、レモンソースで煮込んだもの。さっぱりした良い取り合わせの味である。色合いも良い。

・柿のふろふき:
大根のふろふきと同じ。4等分した柿がとろりとしかもしっかりした硬さを保って煮られ、田楽味噌、芥子の実と相俟って不思議な美味しさである。

・柿ムース:
柿の実をすりおろしクリームと混ぜてムースにした。乙な味である。

・その他:
柿シャーベット、干し柿の揚げ物など楽しく美味しいアイデア料理が付いている。


柿グラタン

鳴門巻き

<撫石庵(ぶせきあん)案内>
 五條市栄山寺橋畔 TEL 0120-367-105 水曜日定休 コース料理は予約が必要

柿の原産地はアジアで、日本では、平安時代に既に干し柿として食されていたようである。 富有柿などの甘柿は明治に入って広く普及し始めたという。関が原の戦いに敗れた石田光成が、処刑される直前に「何か最後に食べたいものは無いか?柿などどうだ?」と勧められて「いや、柿は腹に良くないから止めておこう」と言ったとの逸話があるが、その柿はどんな柿だったのだろう。 柿は栄養価も高く、薬として用いられることもあった。
料理で用いられるのはごく新しいが、散らし寿司等に色合いと甘さを付加するため用いられていた。煮炊きをすると果肉は少し硬くなるが調理はしやすいようだ。 人間だけでなく鳥や獣にとっても、柿は厳しい冬の前の、自然が恵んでくれた飛び切り美味しい(と私は思う)食物である。まだまだ工夫すれば新しい料理が出現する可能性が有ると思う。

守り柿 一つとなりて 風寒し


奈良の食文化研究会:林ア 幸一



ふろふき柿

<材料>(4人前)
・平種柿または富有柿(実のしっかりしたもの)2個

<作り方>
@皮を剥き種とヘタを取り除き軸方向に4等分する
A日本酒をたっぷりふりかけ、15分間置く
B蒸し器に入れて約15分蒸す
C小鉢に2切れづつとりわけ、田楽味噌(市販のものでも良い)甘みを控えたものをかけ、好みに合わせて芥子のみ、炒り胡麻などをかけて暖かいうちにいただく。