奈良方面より、国道169号を南下、吉野郡川上村から新伯母峰トンネルを抜けると別世界に迷い込んだかのような上北山村の自然に包みこまれる。 目に痛いほどの新緑、山肌を覆いつくす幾千もの緑のバリエーションと花の色、ピーヒョローというトンビの鳴き声。

自然豊かな上北山村

吉野熊野国立公園に囲まれた、ここ上北山村は今から800年ほど前壇の裏で滅びた平氏の一族によって開かれたものと考えられている。大峰山系の 急峻(きゅうしゅん)な地形から古くより修験者たちの行場として知られていたが、その地形は南からの湿潤な暖かい風を呼ぶ一方、大きな高度により 夏でも涼しく、良質の植物をはぐくんできた。

「トンビに、めはりずしをさらわれないように」と言う「道の駅169」新井益鳥の紹介で河合地区の富山 令子(のりこ)さんを訪ねる。 温かいご飯をピリッとした辛味のきいた高菜(カラシ菜)の漬物で包んだめはりずしは、食べるときに口を大きくあけて目をみはることから「めはり」と 言われているが、高菜の産地、熊野五郷(いさと)の庄屋の娘お紺が大好物の高菜で包んだすしをもって遊女に出たが、後に目をみはるほどの美しい太夫 になったため、それを「めはりずし」と呼ぶようになったという一説もある。

富山さんは、おいしいめはりずしは素材からと、百坪以上ある畑で、農薬を使わず、発酵堆肥(たいひ)による土作りにこだわった高菜の栽培をしている。 見晴らしの良い畑では紫色の高菜が太陽の光に輝いていた。毎年9月後半に種をまき、11月に移植、収穫は3〜4月。次々と大きくなってくる葉を 手で折り、丁寧に広げ、塩と少量のトウガラシだけで樽(樽)に4〜5日漬け込む。
「こめはり」と名づけ、食べやすい小ぶりの大きさにし、酢じょうゆを添えたのはご主人のアイデアである。 漬け汁にはそれぞれの家の味があり、西原地区の久保 章子さんは塩漬けした高菜をもう一度みりん、しょうゆなどに漬け うまみをだす工夫をしている。

農薬を使わず高菜を栽培

昔、男たちはめっぱ(わっぱ)弁当を腰に巻き山仕事へ、女たちは米七麦三で炊いた大きなめはりずしを3個竹の皮に包み山菜採りなどに出かけた。 ワラビ、ゼンマイ、タラの芽、ゴンパチ(イタドリ)など山の恵みでかごがいっぱいになった。お昼時には高菜漬けのおいしさが染み込んだめはりずしを 2個ほおばり、後の1コは3時の間食(けんずい)に残しておいた。


丁寧にすしを作る

こめはりずし

村の高齢化や鳥獣被害で河合地区120世帯のうち、今では畑作りをしているのはわずか10軒という中、今も元気に高菜を作り続けている福島 スズエさん と日浦 トミさん、「昔は遠足の時もめはりを持っていったもんや。大きくて口に入らんかったら少しぺったんこにして食べたらええとおばあさんが教えてくれたなぁ」 「めはりずし持って日が落ちるまでゆする葉を採った、今は畑する人も少のうなったけど、こうやって昔のこと思い出したらなんや懐かしいでええもんやの」 と目じりをぬぐった。
トンビはあいかわらず、空たかく円を描いて飛び続けていた。


奈良の食文化研究会:守口 いち代



こめはりずし

<作り方>(1個分)
@高菜漬をさっと水洗いし、しっかりと水切りをする
A茎はみじん切りにし、ご飯50〜60グラムと混ぜ合わせる
BAをすし型で抜くか、固く俵形に握る(あまり固く握らないこと)
C板の上に@を丁寧に広げBを包む

※少し時間をおいたほうが味が染みておいしい。
ゴンパチ(イタドリ)の味噌汁などがよく合う