幾つかの山を越えて、下北山村に到着した。
ここは、“きなりの郷”と呼ぶそうだ。この村には、手付かずの自然と飾りすぎない暮らしがある。吉野山地の東南部を占める下北山村。東は大台ケ原、西は大峰山脈の高峰が連なり、ブナなどの原生林をはじめ豊かな森林が見渡す限りに広がっている。この地方に降り注ぐ雨は、鬱蒼(うっそう)とした樹木の根元を埋める腐葉土に貯められ、ろ過されて沢となり、険しい渓谷へと流れてゆく。水質の尺度ともいえるアマゴやアブラハヤ、それにカワゲラなどの水生昆虫が多く棲む(すむ)のも、水系の清らかさを雄弁に物語っているといえるだろう。(下北山村紹介パンフレットより)
その中にあって圧巻なのが、日本の滝百選に選ばれている「前鬼・不動七重の滝」だ。落差100メートル、推量豊かな前鬼皮の流れが水飛沫(しぶき)を上げながら滝壷に落ちてゆく姿に目を奪われ思わず足をとめてしまった。そんなきなりの郷でしか味わえないご馳走があると聞き、下北山村役場地域振興課の山崎さんを訪ねて話を伺った。


<前鬼・不動七重の滝>

「この村の人は誰でも家に真菜(まな)を栽培していますよ。」とのこと。真菜といえば以前取材をした「大和真菜」があるが、こちらの真菜とは全く違う葉形で見た目も違う。こちらのは下北山村でしか栽培できないそうだ。不思議なことに両隣の上北山村や十津川村では同じように育たないという。
それもここ下北山村のきれいな水と気候風土が育んだものといえる。この独特の真菜を使って作る「真菜めはり」が今回紹介する“ごちそう”である。
真菜の収穫は2月ごろで、初めに「春まな漬け」という漬物を作る。旬の「真菜」を手の切れるような冷たい水でよく洗い、漬け込む。その時に先人からの伝承と長年の勘で絶妙な塩加減と決め手の唐辛子で漬け込みをする。各過程の好みで4日から10日ほどでおいしい真菜の漬物が出来上がる。

この「春まな漬け」は袋などに移して冷凍保存がきくそうで年中おいしさが損なわれずにいただけるという。その真菜漬けをさっと水洗いをしてよくしぼり芯の部分はみじん切りにしてしょうゆやポン酢で味を付けておき、手のひらに葉を広げ、温かいごはんを盛り、先の芯のきざみをごはんの中に入れてにぎり、葉で包み込んで「真菜めはり」の出来上がりである。

熊野地方で有名な高菜を使った「めはり寿司」と同じ作り方であるが、高菜の独特な辛味が出ないのが特徴。各家庭の食べ方も工夫を凝らし、ごはんをにぎる前に葉に酢味噌をのばして作ればまた変わった味わいとなるようだが、酢じょうゆをつけて食べるのが一般的だそうだ。

この「春まな漬け」や「真菜めはり」の歴史を尋ねたところ、村の文献を調べてもその歴史は定かでないそうで、とにかく「おばあちゃんのおばあちゃんのそのまたおばあちゃんから…」 と、代々受け継がれてきているごちそうなのである。下北山スポーツ公園の中に「きなりの湯」という温泉施設があり、そちらの売店で「春まな漬け」が販売されている。レストランでは出来立ての「真菜めはり」も味わえる。そこで小生もお味を拝見。あったかごはんに漬け菜の塩加減と酢じょうゆの味がからまって、何と美味であることか。あっという間に4個もたいらげてしまった。まさに「きなりの味」というべきだろう。


<真菜めはり>

奈良の食文化研究会:岡山 日出男



真菜めはり

<作り方>
@「春まな漬け」をさっと水洗いする。
A葉を強くしぼる。
B芯の部分はみじん切りにしてしょうゆかポンズ(好み)に浸しておく。
C手のひらに葉を広げあったかごはんをもる。
D浸しておいた芯の“きざみ”をしぼってごはんの中に包み込む。
E葉でごはんを包みこんでにぎり出来上がり。酢じょうゆをつけて食べる。