食べ物には気候、風土、神社の祭礼などとともに地域で育(はぐく)まれてきた郷土料理や、各家々で代々受け継がれてきたわが家の味の味がありますが、ダイコンと鯖(さば)を使ったこの料理は、まさに後者の味といえるでしょう。ブリとダイコンはなじみがありますが、鯖とダイコンはどのような味なのか、遠くに名残紅葉をながめながら、JR法隆寺駅近く、斑鳩町服部の辰巳典子さん宅をたずねました。
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すでに材料も切りそろえ、準備して待っていてくださり、「実家の平群ではなかったし、このあたりでも作っているかどうかわからないのでわが家流です」といいながら調理が始まりました。
材料はダイコンと生鯖だけ。ダイコンは丸か半月のうす切り、鯖は三枚おろしで太めのそぎ切り、ダイコンのみずみずしい白色と鯖のコンストラストが鮮やかです。
浅鍋を熱くして酒を入れ、鯖を放射状に並べます。そこに昆布とかつをで濃くとっただしを入れ、鯖が少し白っぽく煮え始めたところでダイコンもきれいに敷きつめ、調味料を入れて蓋(ふた)をします。強火で二十分ほど炊き、火を弱めてさらに二十分ほど途中混ぜないでそのまま炊きます。ダイコンがべっ甲色に変わり、甘辛い煮物の匂(にお)いに待ちきれず二十分ほど炊いたところで味見をさせてもらいましたが、ダイコンの歯ざわりがあり、おいしい。
もう食べ始めてもよいそうですが今日は、また蓋をして味がしみこむまで待つことにしました。「この料理は炊いている間にほかのものも作れるからいいですよ」と朝から用意してくださった料理が次々と並べられます。
山菜おこわ、干し柿の五色なます、たこのさくら煮、芋大根、きんかんの黄金煮、白菜の漬物など、身近にある材料に手が加えられてやさしい味です。煮物の匂いと料理のかずかずに囲まれて心豊かな時が流れます。
このように料理上手な典子さんも、嫁がれた時は酒の肴(さかな)を作るのに苦労されたとか。
この料理は、お酒をこよなく愛されたご主人さまから教わったそうですが、お父さまも、このすき鯖を肴にお酒を飲まれていたとのこと。
あれこれお話をうかがううちに時間も過ぎ、土ショウガのせん切りをのせてすき鯖の出来上がりです。少し煮つまりましたが、ダイコンはさらに色、つやがよくなり、鯖とだしの旨味(うまみ)を含み、鯖は臭みも無く、思いのほかあっさりしてとてもおいしい。うす味のすきやき風味の煮物です。
つい口元もほころび、いくらでも食べられそうです。「しばらく作らないとリクエストされるんですよ」といわれるのもうなずけます。
八代続く辰巳家のこの味は、典子さんからまた次の世代へ受け継がれていくことでしょう。
昨今、鯖は高級魚になってしまいましたが、ダイコンのおいしいこの季節、一度おためしください。
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