奈良盆地の南西部、大阪府との県境にそびえたつ標高一一二六メートルの金剛山を最高峰とする金剛山地の山麓(ろく)。通称山麓線といわれる県道沿いの「高天口」から小さな集落をぬけ、傾斜のきつい森林の間を登ると、一気に目の前に「高天原(たかまがはら)」と呼ばれる吐田郷米みら水田地帯がひらける。
この人里離れた風景にとけこみ、橋本院(宝宥山高天寺橋本院)は、見事に安らぎの空間を形創(づく)っていた。高野山金剛峰寺末として真言宗を伝えるご住職の奥さまの「皆さんに癒やしの場を提供するのがお寺の役目かと思っています」と言う言葉どおり、ここを訪れる人は皆、気軽に立ち寄り、お茶を飲んで話をしていかれる。
また毎月二十一日のお大師さんには地元の信者さんでにぎわい、お話を聞き、お茶やじゃこ飯をいただいて喜びを共にする。このお寺で真言宗の数々の行事を絶やすことなく檀家総代を務めてこられた松原篤己さんご夫婦を訪ね、この地域に伝わる「七色おあえ」のお話を聞いた。
「七色おあえ」は真言宗のお盆のお供え料理の一つで、その時期に家でとれた初ものの野菜、ミョウガ・サトイモ・ササゲ・ニンジン・ナス・カボチャ・ズイキ・新ゴボウなどこれらの中から七品を選び、自家製の味噌(みそ)であえたものである。
各家庭によっては、鰹(かつお)などのだしを使わない精進の汁物(七色お汁)や、七種の野菜の煮物にする家庭もある。
松原さんのお宅では、お盆のお供え料理として、ご飯とナスの煮物、かんぴょう入りのだしとそうめん、あんつけ餅(もち)とキュウリの漬物などを供えるが、十四日の夕のお供えにはこの「七色おあえ」をササゲ豆を使った赤飯とともに供える。
そもそも、お盆の供養は「施餓鬼」と書き「餓鬼」に施しをするという意味、つまり餓鬼(飢え)から救うためのお供えという意味合いがある。
飢えを救う供養のため、貴重な畑の産物で精いっぱいのぜいたくをして供えられた「七色おあえ」。をの伝統を支えてきたのは、自分が自然の恵みに生かされているという深い信仰心と、家族が皆力を合わせて田畑で物を作ってきた、日本の農業の姿ではないだろうか。
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