梅、桜、奈良公園の春は落ち着きの中にも華やかさが漂います。東に世界遺産の春日山原始林が広がり、春日山と奈良の市中を分けるように春日大社があります。神護景雲二(七六八)年に創建され、摂社、末社は六十社を数え季節を問わず多くの参拝者で賑(にぎ)わっています。
同社では年間を通じて千回もの祭礼を執り行っていますが、その中でも一番重要なのが三月十三日の春日祭(=申祭)だと権禰宜(ごんねぎ)の秦隆介さんに教わりました。

大富の例大祭で三勅祭の一つであり、起源は五十五代文徳天皇のころ(千百余年前)といわれています。
この祭は天皇家と藤原家の私的な祭りとされ、外部に公開されてはいないそうです。
天下泰平、国家、国民の安寧を祈る神事で、古くは辰(たつ)の日より始めて申(さる)の日に本儀が行われることから「申祭」の名があり、十三日に天皇陛下の御名代として勅使が参向されます。
三月に入ると「春日祭勅使参向」書かれた駒札が二の鳥居前に立てられます。 前儀は春日山内の神木を採り、一の鳥居に立てる「辰ノ立榊式」に始まり、「辰ノ秡式」「午ノ御酒式」、神前に清砂を入れる「末ノ砂置式」を経て十三日に申祭を行います。

申祭当日は宮司以下、神職による「御戸開ノ儀」に始まり、勅使が参向し、「秡ノ儀」、「着到殿ノ儀」「御棚奉奠(みたなほうてん)」「御幣物(ごへいもつ)奉納」「御祭文奏上」など十一もの儀式が正午まで執行されるといいます。 この祭で御戸開神饌(しんせん)と、御棚神饌が捧(ささ)げられます。御戸開神饌は本殿の御戸を開くお祭りに供されるもので、「八種(やくさの)神饌」といわれています。四台の高杯(たかつき)に神饌を盛りますが、
一台目に炊いた玄米を円筒形に形作った練り飯
二台目には干鱈(たら)、カマス、カツオ、アアビなどの魚介類(この台には高杯の前に塩鯛をつるす)
三台目にゴボウやダイコン、芋、昆布などの御精進
四台目は菓子類(ぶと、三梅枝、クリ、壇供餅など)です。

どの高杯にも八品を高く積み上げて盛り、神様に敬意を表します。 御棚神饌は申祭の最も重要な儀式のお供えです。黒米飯、白米飯、大豆、小豆、醤油(しょうゆ)、汁、イカやカツオなどの魚介類、鮨(すし)、お菓子(ミカン、芋)などですが、これらを勅使と辨代が第一殿へ、宮司以下神職が第二から第四殿へ進めます。 正式参拝をすませ、春日の古式料理「愛敬祝儀膳」(ういきょうしゅうぎぜん)」を楽しみました。

かつて正月のお祭りの後、そのお下がりに香草の「ウイキョウ」を添え、「初饗(ういきょう)の祝膳」としたことや、八種神饌にちなみ、伝統どおり八品盛られています。中央にはウイキョウを交ぜ込んだ練り飯が高く盛られていました。ウイキョウは古くから薬草として知られ、胃腸をり、芳香とやや甘味があるのです。
旬の食材の持ち味が最高に生かされた、薄味の上品な味わい。和食の守るべき基本があり、うれしく思いました。十人以上で予約が要りますが、機会があればぜひご賞味ください。



奈良の食文化研究会:西部 典子