実りの秋は農家にとって、忙しくも待ち焦がれた収穫の季節でもあります。稲穂が黄金色に変わり、刈り取りを待つのどかな田園風景が広がる生駒地域に「田ゴイ」という珍しい料理があったと聞きました。
生駒市壱分町の往馬(伊古麻)大社では十月十一、十二日に古式豊かな伝統行事(無形文化財)として有名な火祭りが行われます。この日は氏子は仕事を休み、皆で祭を楽しみます。

小瀬の魚市で仕入れた生節、タコ、こんにゃくなどの料理を作りますが、中でも「田ゴイ」は祭りに欠かせないご馳走でした。
田ゴイは稲につく害虫の駆除、雑草とりのために、コイゴ(三センチ程のコイの稚魚)を稲が根付いた田へ放すもので、水を絶やさないようにして秋祭りまで育てます。秋には放したコイの三割程が体長十五―十八センチくらいに成長し、祭りのご馳走になるのです。コイゴは郡山から買って来ます。

神社の近くにお住まいで、生駒での先祖の暮らしを後世に伝えようと、自宅で資料館を開設している藤尾俊一さん(八十五歳)は「普段は野菜中心のお汁が多い“ぼっかけ”という質素な食事だったんですわ。だから川魚や田ゴイは貴重なたんぱく源だったんです。秋祭りは“秋休み”とも言って田ゴイを食べられるということで気合も入り、楽しみにしていたんですよ。害虫、雑草を食べて、よく運動して育ったコイは一味違ってうまいんです」と昔を懐かしみながら話してくださいました。
調理法は田から捕ってきたコイを二―三日泥をはかせ、臭みがとれたら串に刺し炭火でサッと焼きます。皮にある臭みをとるのです。後は濃くだした番茶と醤油で煮るだけ。何もない時代ですから調理はシンプルでした。でも骨まで食べられたのだそうです。

しかし「昭和二十年ごろまでは食べていましたが、牛が耕運機になり、除草は薬剤に替わって、また食糧事情も豊かになってきたので消滅してしまいましたね」と先祖暮らし保存家としては残念そうに話されました。
俊一さんからは嫁にあたる庸子さん(生駒市食生活改善推進協議会々長)は、「田ゴイの名残りで今でも各家庭で作られているのが大きな昆布巻きです。コイの代わりに干しニシンを使っているんです。私も小さい頃、ため池の水を退いてしまった後の魚をとりに行き、ご近所の方と分配して煮付けたりしたことを覚えています」と楽しく話が弾みました。
田ゴイは途絶えてしまいましたが、昆布巻きにと形を変えて地域の人々に受け継がれています。田ゴイという言葉を残して「田ゴイ風昆布巻き」という名前はいかがでしょうか。無農薬が叫ばれる今、先人の知恵を生かし、春から秋を楽しみに待つような意気込みを感じる食生活をと願ってー。


奈良の食文化研究会:長谷 信子



田ゴイ風昆布巻き

<材料>(10本分)
・身欠ニシン5本
・早煮昆布60グラム
・かんぴょう10グラム
・砂糖120グラム
・醤油60CC
・酒大さじ4杯
・みりん大さじ2杯


<作り方>
@ニシンを包丁で切れるようになるまで水に漬け、半分に切る。
A昆布を水でサッと洗い1のニシンと同じ長さに切る
BAの昆布2,3枚で、@を芯にゆるく巻き、水に漬けて軟らかくしたかんぴょうでゆるめに結ぶ。
CBを充分浸るくらい(5カップ程度)の水に漬けて一晩置く(昆布が浮かないように)
DCを漬け汁のまま火にかけ昆布にすっと箸が通るまで強火で煮る。煮すぎないこと
EDに砂糖と酒をいれて10分ほど煮る。
FEに醤油を回しいれ弱火で続けて煮る。
GFの汁が少なくなってきたらツヤだしにみりんをいれてしばらく煮たらできあがり。