昔、六月は農家にとって忙しい時期でした。都祁村では田の安全を願って、田植え初めの日に「水口(みなくち)祭り」という行事をするそうです。今回はその祭りで神様が召し上がるという「ふき俵」を見たくて、都祁村藺生(いう)にお住まいの久保かめ子さんを訪ねました。
雨の中笑顔で出迎えてくださり、早速みせていただいた「ふき俵」は、ちょうど正月の戎(えびす)さんのササについている俵のようなもので、長さ六十センチくらいの三つまたの栗(くり)の枝にぶら下がっていました。
中身を尋ねると「はぜ米(炒=い=り米)と炒り青大豆をフキの葉で巻いて藁(わら)でくくっているんですよ。ぶら下げる数は家によって違い、枝ぶりの良い木を選んで三つとか五つとか適当にぶらさげるんです」とのことです。巻いてあった藁をはがすと、きれいな色の青大豆と香ばしいはぜ米ができました。

この地域では五月の中ごろに各家庭でふき俵を作り田の神様にお供えしますが、祭り方は各家ごとに少しずつ異なるようです。久保家では田植えの一週間前の吉日(大安か先勝の日)に供えており、前日は栗の枝やフキの葉採り、藁打ち(巻きやすくする)などでとても忙しいとか。

当日、青大豆と米を炒り、フキの葉で巻いて卵大の「ふき俵」を作り、栗の木にくくりつけ、真ん中の枝には御幣をつけて準備をし、また田の神様の分とは別に家の神様の分も「ふき俵」を作り、同時に供えます。
ふき俵のついた栗の木は、田の角の畦(あぜ)にカヤを十二本、稲苗十二株(十二カ月の意味)、さらに旦那寺の青龍寺でもらっておいた、ゴサンというお札も一緒に供え田の安全をお祈りしますとのこと。

「お嫁に来て五十年、お姑(しゅうとめ)さんから教わった形をズーッと守り続けています」と話す久保さんのひたむきな姿勢が伝わってきました。
山里ではすでに田植えも終わり、小さな苗が実りに向けてスタートしています。 さて、お下がりをいただくのが昔からの習わしです。「青大豆もはぜ米も、昔も今もおやつのように食べています。テーブルに置いておくといつの間にか無くなっています」とのこと。
手入れの行き届いた苔(こけ)の庭を背に見送っていただき、藺生の里を後にして、心は早くもふき俵の食べ方にー。
いろいろ試した結果、やはりはぜ米をそのまま生かし茶粥(がゆ)や白粥一つまみ入れて香りを楽しんだり、また玄米茶風もおすすめです。 田植えが機械化された今も、田の神様に田の無事をお祈りする行事は、昔と変わらず女性の手に委ねられています。これからも絶えることなく受け継いでいってもらいたいと願っています。


奈良の食文化研究会:大川 博美