日差しは和らぎ始めたが、大和の春はやはりお水取りからー。近鉄奈良駅を出てすぐの東向き通りからもちいどの通りに足を運ぶと、老舗の和菓子屋さんの店先でお水取りに因(ちな)んだお菓子に出会う。「御堂椿(つばき)」(千代の舎竹林)、「開山良弁椿」(鶴屋徳満)など名前はいろいろでも東大寺の「椿」を表現したもの。
千代の舎竹林の社長・竹林ハツ子さんは、「終戦直後、東大寺での茶会用にと当時の東大寺管長・北河原公海長老と当主の間であみだしたのです。今では九州、札幌まで発送しています」と答えてくれた。

古(いにしえ)の七五二年、僧実忠が始めて以来千二百五十余年、一度も絶やすことなく守り継がれてきた東大寺二月堂の修二会は、壮厳華麗な大松明(たいまつ)で有名だが、若狭井の水(ご香水=こうずい)を汲(く)み、ご本尊の観音様に供える水と火の行法で、練行衆は、すべての人々の過ちを懺悔(さんげ)し、国家(世界)の安泰と人々の幸福を祈願する厳しい行事といわれている。

本行は、三月一日から十四日までだが、前行は二月二十日から始まり戒壇院の別火坊に籠(こも)った練行衆は、声明(しょうみょう)の稽古(けいこ)や本行で着る紙子(かみこ=和紙の着物)作り、差懸(さしがけ)という履き物を調えたり、供え物を作って本行に備える。

その一つに、「糊(のり)こぼし」作りがある。東大寺では、花びらが赤と白の斑入りの椿ー糊こぼしが開山堂の庭にさく。この花を模して紅白の紙で造花を作り、椿の枝に飾り須弥壇(しゅみだん=仏像を安置する台)の四隅に飾る。
この椿に因んだお菓子を作っているのは、いずれも明治に創業の古い和菓子屋さん。「糊こぼし」(萬々堂通則)は、「初めは『良弁椿』の名で売っていました。お水取りに来る観光客の増え始めた二十年くらい前から『糊こぼし』と名付けたんですが、関東をはじめ遠来のお客さまからよろこばれているんですよ」と店主夫人の河野美知子さん。

花芯(しん)は、柔らかめの黄身餡(きみあん=白餡に卵黄を加えて練り上げたもの)。花びらは、練切(ねりきり=白小豆粉に、もち粉と砂糖を加えて練り上げたもの)で色鮮やかな紅に染めたものと白いのを、をれぞれ薄く延ばして、型で抜き、黄身餡のまわりにつける(紅二枚白三枚)。練行衆の花拵(ごしら)えの糊こぼしに似て愛らしい。


「修二会の椿」の萬勝堂のご主人、上村佳照さんは、「お水取りに奈良に来られるお客様から、『お水取りらしいお菓子が欲しい』とのご要望に応えて十五年前くらい前から作り始めました」といろいろ話してくださった。 花芯は、やはり黄身餡。こちらは、羊羹(ようかん)を薄く作り型抜きして花びらにしている。
上品な淡紅(うすべに)色。白い花弁は吉野羹(寒天、グラニュー糖、吉野葛で作る)で、自然に咲いた椿の花のように仕上げている。 どちらもほど良い控えめな甘さで花芯がとろりと舌に快い。

前行の始まるころ(最近は少し早く一月末)からお水取りの終わる三月半ばまでの期間限定の品。四季に恵まれた日本の食べものに、最近季節感がうすれ残念に思う中で「この時期だけ」というのはうれしい。 お水取りが終わるころ、大和路には暖かい春が訪れる。「糊こぼし」や「修二会の椿」は春を呼び、天平の昔に思いをつないでくれる。


奈良の食文化研究会:山崎 八重