寒さが厳しいといわれつつ暖かったこの冬も、はや「弥生三月」、春の足音が日に日に高まってきた。春の訪れは、息を潜めていたものの胎動を感じて誰しも心が浮き立つ。
中でも三月一日の解禁に心弾ませていた「太公望」たちはそうだ。広大な吉野の山にはぐくまれ、心身に浸(し)み込む清澄な春の渓流に、透き通る色模様をきらめかせて川魚たちが躍動を始めたのだから、この季節のトキメキを味あう特権を彼らが逃すはずはない。
魚たちのなかでも、美しさでいえば緑灰色の斑紋に黒と朱色の斑点をちりばめたアメノウオ(アマゴ。東吉野の人たちは今もアメゴと呼ぶ。四国でもアメゴと呼び、奈良、京都ではアメノウオと呼ばれてきた)は、さっぱりした上品な味と共にその女王格といえる。

アマゴはヤマメやイワナと同様サケ科に属するが、海に帰らなくなった「陸封型」と呼ばれる淡水魚である。アマゴはアツキマスの、ヤマメはサクラマスの、イワナはアメマスの陸封型で海に回帰すると各々のマスとなる。三者はよく似ているが、ヤマメはアマゴより斑紋が薄く斑点に朱色がない。イワナは全体に黒っぽく斑点が白いのが特徴だ。

忙しい仕事の中、奈良県はもちろん福井、富山にも遠征し、新聞にも紹介された自他共に認める釣り愛好家、中村清一郎氏(47歳、ならコープ勤務)に話をうかがう。
最近吉野は魚影が少ないと嘆きつつ渓流でアメノウオ、ヤマメ、さらに奥山でイワナを追う。
「アメノウオはね、一匹ずつ顔が違うんです。パーマーク(斑紋)や朱点も違うし。四、五月は色鮮やかになり、秋にはサケ同様オスの顔がキツクなるんですよ」と魚たちを慈しむ。

さて食の方はとなると、五センチ以下は返すが釣り上げた魚は「責任もって食べてあげるべし」で、さすがに凝る人は料理法にもうるさい。十八センチ以上のものは塩焼きのほか、家で独特の珍味の燻(くん)製にする。塩焼きはたき火が一番。燻煙で風味が増す。塩は海水塩もよいが一番は岩塩(くれぐれも食卓塩はダメ)。水をよく切り、途中でも出る水分を流すことがコツ。五−十八センチのものは唐揚(からあ)げ。腹を出して水をよく切り塩を少量混ぜたかたくり粉(市販の唐揚げ粉は味付きでせっかくの女王味が台なし)をまぶし中火から強火で揚げ、天然塩(好みでポン酢、チリ酢)でいただく。ほかに火にあぶって水分をとり、ショウガ、山椒(さんしょう)と甘辛く煮る甘露煮がある。頭も柔らかく食べられる。(根垣氏もお薦め)

この季節の楽しみは、釣りで春から初夏の山の芽吹きを身体いっぱい感じた上に、フキノトウ、野蒜(のびる)、山独活(うど)、蕨(わらび)、コゴミ、シイタケ等々の山の幸も味わえること。正に特権行使である。
アメゴを養殖する東吉野村漁業協同組合を訪ねた。吉野川上流の宮滝を越え支流の高見川を遡上した東吉野村大字小にある事務所では、桝本賽雄組合長、西浦徹常務理事、根垣豊氏が迎えてくださった。東吉野漁協は組合員九百六十四人(ほかに出村の準組合員が三百四十八人)、年に三トン(四万五千尾)のアメゴを成魚で、十万個を発眼魚卵で放流している。稚アユは四トン放流する。

桝本組合長は「漁業は山と一体」を強調され、ダムやゴルフ場から山と魚を守りたいと話される。
漁協は小さな支流の日裏川を自然石で囲った「釣り堀川」を運営しており、素人もアメゴ釣りを楽しめるようにしている。ここで川遊びやキャンプ、釣りを楽しみつつ山の幸をいただき、「山と交流」することが、都市部の人間にとっては、「癒やし」と「人間快復」の大切なときを持つことになると、深く山の空気を吸いつつ実感した。


奈良の食文化研究会:滝川 潔



アメノウオの燻製

<材料>
・アメノウオ適本数(25センチ以上がよい。今は冷凍ものでもよい)
チップ4つかみ程度(木くず。サクラというがナラでもよい。ヒッコリー、リンゴなどホームセンターなどでも燻製として売っている)
漬け込み液
しょうゆ7
ビール3
ニンニク少々
ローリエ2-3枚


<作り方>
@アマゴの腹を出す。
A「漬け込み液」に約15-18時間漬け込む
B取り出してネットなどに入れ2-3日陰干しする。
C終わったものを燻製する。チップひとつかみを電熱器の上の空き缶に入れて焼く(約40分。約20分で焼き切れるがその後約20分そのままにしておく)約40分過ぎたらまたひとつかみチップを入れ、これを4回繰り返す。(続いて次の魚を燻製するときは3回で上がる)。
D取り出して新聞紙等にくるみ冷蔵庫で3日ほど寝かせるとまろやかな味が出る。