奈良の一年を締めくくる祭りといえば春日若宮おん祭である。この祭の起源は、保延二(一一三六)年、洪水で飢饉(きん)や疫病が各地に蔓延(まんえん)し、時の関白藤原忠通が万民を救うために祭礼を起こしたことによる。若宮は、春日大社本殿の東方二百メートルに祭られ御祭神名は『天押雲根命』で学問、芸能の神である。 若宮おん祭の諸儀は十月一日の春日御旅所で行われる縄棟祭の始まり、さらに、十二月十五日の大宿所祭、十六日の宵宮祭、十七日の遷幸の儀、暁祭、お渡り式と続く。

文献によれば、餅飯殿町にある大宿所では、大和の国内から参集してくるおん祭の願主役を勤める大和士(やまとざむらい)にのっぺい汁を振る舞ったとされるが、現在もこの日の午後、参列者に対して地元商店街の協力によるのっぺい汁の振る舞いが行われ大宿所はにぎわう。
祭りといえば、祭り料理がつきものと、奈良市内に古くからお住まいの脇坂さんにお尋ねすると、「子供じぶんは野菜の煮物ののっぺいを食べてました。最近は子供たちが食べないので作らないですけど。」との返事。

そこで、こののっぺいについて文献を探ってみると十七日に奈良の町屋では、焼いたコノシロ(フナに似た海水魚)とのっぺいを食べたという。のっぺいは、ダイコン、ニンジン、ゴボウ、ドロイモ、油揚げの五品の煮物で、この油揚げはおん祭用に特別に売られる二寸立方角のものが使われる。
現在ではほとんど食べられなくなったのっぺいを再現し、三年前より食べさせてくれるところがあると聞き尋ねた。正倉院展で観光客があふれる奈良公園を抜け、神々しさに満ちた春日の杜に入ると、万葉植物園入り口横に春日大社直轄の「荷茶屋」がある。

この茶屋で春日大社の中野権禰由宜と茶屋の主任である杉井典子さんにお会いした。お二人の話によれば、奈良の食文化を伝承していく取り組みの一つとしてはじめたもので、十六日、十七日の二日間百色限定でのっぺいと粥(かゆ)を組み合わせて出しておられるとのことである。
奈良の特産品を使ったほかの献立や平城宮跡から出土した木簡にかかれていた赤米、黒米も当時の産地で栽培されたものが販売されている。

八百六十余年前より絶えることなく伝承されてきたおん祭は、十二月十七日の『お渡り式』が有名で、奈良市内の幼稚園や小学校はこの日午後から休校となり、祭りに参加することになる。
今年は、十五日から十七日にかけて執り行われる祭りの諸儀に参加して古代人に思いをはせながら
のっぺいを食べてみてはいかがか。


奈良の食文化研究会:山崎 八重



のっぺい

<材料>(4人前)
・サトイモ200グラム
・ゴボウ 80グラム
・ニンジン100グラム
・ダイコン200グラム
・油揚げ2枚
・出し汁 3カップ
・みりん大さじ2
・薄口しょうゆ大さじ2
・砂糖大さじ1
・塩

<作り方>
@サトイモは皮をむいて水で洗い、ゆでこぼして、ぬめりをとる
Aゴボウは皮を包丁の背でこそげとり、2センチの長さの斜め切りにする。水につけ、あくを抜いてからゆでる
Bニンジンは皮をむいて大きめの乱切りにする
Cダイコンは皮をむき、2〜3センチの厚さの半月に切り、米のとぎ汁でゆでる
D油揚げは3〜4センチの角切りにして、熱湯をかけ油抜きをする
Eそれぞれの材料をなべに入れ、出し汁と調味料をひたひたに加え、煮汁がなくなるまで弱火で含め煮する。