昔はお伊勢参りの道だったという伊勢街道(国道369号)沿いの、緑美しい山あいの宇陀郡御杖村神末にある「源五漬(げんごづけ)」の本場を訪ねた。 街道から少し入ったところに、納屋を少し大きくしたような作業場があり、それに続いて、漬物の素材「ひの菜」の畑が広がっている。
「ひの菜」はカブラの仲間で、滋賀県日野町が特産地。 森源司、辰子さん夫妻は畑で、菜っ葉の手入れに余念がない。「こんにちは」と声をかけると「はい、どうも」とこたえていただいた。源五漬を作っている当のご本人たちである。

源五漬は「ひの菜」の葉と根かぶの両方を漬ける。源五漬は江戸時代の頃の霊妙不可思議な物語に由来するらしいが、実際はそれに森さん夫婦らが創意と工夫を加え、また、改良に改良を重ねて、 今日の味に仕上がったものといえる。いまどき、個人の家で漬物を漬けることは少なくなっているが、都市郡を離れると、やはり個々の家で漬けて、それぞれの味を出しているところがある。 神末もそういった集落の1つだが、源五漬はそんな中で育ってきたのである。

ほかの地域でも家庭で「ひの菜」を漬けるところはあるかもしれないが、商品として作っているのは現在はここだけ。御杖村の特産として親しまれている。 何しろ隣接の畑から採った「ひの菜」を、うまい井戸水で存分に洗い、長い経験をもとに丹念に漬けていただく。まったくの手作りで、漬け手の心がこもる。

完全無添加だから、洗わずにそのまま荒切りにして食べる。歯ざわりのよい、何とも言えぬ深みのあるうまい味だ。「古里のおふくろの味」とでも言うほかはない。
「ここまでになるまでは、多くの村の人のご協力がありました。」と、源司さんは言う。奥ゆかしく品のいいお年よりである。若々しい婦人の辰子さんが、この漬物のおかげで手にも顔にも艶が出てきたという。
「これも漬け手の役得みたいなもので」と屈託がない。

地区ではお盆休みに花火大会の行事もあるようだが、帰郷した人々が、朝炊いた詰めたい茶粥に源五漬を添えて、間水(けんずい=間食のこと)に、パリパリ、サラサラなんて、想像するだけで心引かれる。


奈良の食文化研究会:南 幸・嶋田 正義



ひの菜漬け

11月から12月にかけて(霜の降りる頃)漬けると最上。「ひの菜」をよく洗い、4日間陰干しにし、それを約20日間塩漬けにする。
それが済むと酢やみりんを加え、本漬けとする。夏にも漬けられるが、味が偏りよくない