「笹も葉サァーラサラ〜♪」なつかしい響きであるが、三輪素麺の会社のコマーシャルソングとだぶっれ聞こえてしまうのは私だけだろうか。
七夕においしいものといえばやはり素麺。
遠く平安時代より天の川に見立てて、この日素麺を食べたとされる。
また江戸時代には素麺を食べて無病息災を祈ったと、江戸後期の国語辞典「和訓栞(わくんのしおり)」に記されている。
白く細く長く神々しい滝のような素麺は、
神様がくれた贈りものと思ったに違いない。素麺の原料となる小麦は、関西の平野部で昔、たくさん穫れた。ところが関東には平野が少なく小麦が穫れなくて蕎麦(そば)を作るようになった。
このことが関西の「素麺・うどん文化」、関東の「蕎麦文化」の分かれ目となったようである。
蕎麦を細長く麺にして食べるのは日本独特であるらしい。それは小麦が穫れない地方の「白き素麺」に対する熱き憧れではなかったか。都で盛んに食されたあの素麺をどうしても、なんとしても
食べたかったに違いない。だからこそ代用品(蕎麦)で素麺を作ったのではないかと推測するのである。
さて時代が変われば変わるもので現在は素麺に取って代わって1大蕎麦ブーム。蕎麦が見直されている。テレビは蕎麦の実の中に含まれている「リシン」が体に良いと取り上げ、「男の手打ち蕎麦教室」も放送されている。
奈良にもおいしい蕎麦はある。この笠地区は標高450メートルの高さがあって気候風土、寒暖の差が蕎麦づくりに適している。信州に負けない蕎麦ができるのである。
蕎麦づくりをはじめて5年、
ようやく“ほんまにええそばや”と奈良市福智院の玄そばのご主人のお墨付きを得るまでになっている。
久しぶりに笠にやってきた。1年ぶりである。以前と変わったことといえば営業日が土曜日と日曜日と祝日のみだったのが、今は水曜定休日以外は営業しているとのことである。
プレハブの小屋もパイプの質素ないすもそのままだ。早速「荒神そば」を注文した。蕎麦の香りが高くコシが強い。やはりこれは極上の蕎麦だ。つゆがいらないほどに風味が良い。
辛味大根との相性がよく、なんともうまい。
「おいしかった、きてよかった」というお客様の声が一番うれしいと、そば婦人部部長の森さんは言う。が、なんと言っても「笠のそば」は飾らない素人くささ
というか、素朴な味がなによりうれしい限りである。
こんな山の中でしかも工事現場のようなプレハブ小屋の小さなそば屋に、1杯500円のそばをわざわざ食べに訪れる人が耐えないのは、蕎麦の味もさることながら三輪山、最古の笠山荒神という古(いにしえ)
の地と底知れない力があるからかもしれない。
月に1度は食べに来るという蕎麦大好きの大阪府富田林市の山下さんは「三輪山にハイキングがてらに来て、荒神さんにまいって、うまいそばを食べて帰るのが楽しみですねん。今年のおおみそかは笠そばを食べて、
笠山荒神さんに初もうでをしようと思ってますねん。そして七夕には厄落としそばを食べます」と話してくれた。
七夕の笹飾りを川に流す習慣が許されない現在、「細くて長いものを食べて厄落とし」の風習は環境負荷もないし、奈良の食文化の掘起しと、楽しい七夕の夜の話題づくりに1役買いそうである。
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